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2007.04.30 この暑いのに袷を着れってそんな殺生な
ゴールデンウィーク3日目、今日で前半戦が終了。
4月最後の今日は、夏日を軽く越えてきました。 朝起きた店主は、何をどう間違えたのか、綿入れを着てしまうご乱心。 昼過ぎまではなんとかもちましたが、そこからぐんぐん上がる気温に耐え切れず、仕事中にもかかわらず二階に上がって単(ひとえ)をひっぱりだし、着替えることにしました。 今年の初単は、だいやすさんで手に入れた夏結城。 丈夫で涼しく、独特の肌触りはとても気持ちいい紬です。 これ着て昼寝したらいい夢が見られそう。 「おい貴様、単を着るには早すぎるぞ」 ええ、おっしゃるとおり。 一般的に、着物のルールとして袷(あわせ)は10月から5月まで、単は6月から9月までとされています。 しかし、このルールというのは公式に決まっているわけではなく、そのようにしなければならないと思っている人たちの総数で決まっています。 衣服っていうのは人間のためにあるものであり、決してルールのためにあるものではないわけで、時代とともに移り変わっていくものでしょう。 さながら「ら抜き言葉」や「全然を肯定で使う」が如く、若しくは生物が環境に合わせて進化してきた如く、時代に応じて変化していって然るべきもの。 そもそも着物は季節感を大事にする衣服ですから、暑い日に暑苦しい格好は見ているほうがしんどくなりそうです。 着物業界は保守的な業界ですので、然るべきところでは先人のルールに則るのが道理でしょうが、温暖化の今日、普段着として着ている衣服に不自然なルールを当てはめるのは・・・理屈云々の前に体が持ちませぬ。 というわけで、暑い日は単、肌寒い日は袷。 フォーマルな場所では頑張って袷、若しくは紗袷。 これでいいんじゃないでしょうか? そもそも5月・6月の着物って普段着でもフォーマルでも難しいものです。 だからこそ、毎日の着物選びが楽しいわけでもありますが。 まあ暑いったって、まだまだカラっとした気候ですから、家の中はひんやりしてますし、風を通せばとても気持ちがいいもんです。 こんなところで暑い暑いといってはいられません。 なんせ梅雨が終われば泣く子も嗚咽する、蒸し風呂のような夏がやってくるのですから・・・。 2007.04.28 山陰妖怪紀行
往時は時間を見つけてはいろんなところに出かけていたものですが、仕事を始めてからというものほとんど京都を出ることが無くなってしまいました。
京都は大都市ではありませんが、娯楽・観光・ショッピングと一通り揃っており、特に、店主が欲しいものや見たいものは京都にありますので、あえて外に出ることもいらんか、と地元で完結させてしまっているのです。 しかし、それではいかん。 店の主たるもの、小さく纏まっていてはいけません。 世の様々な物事を見聞し、身に修めねばなりません。 というわけで、この前の木曜日は日帰り山陰弾丸ツアーを決行してきました。 目的地は米子。 京都南ICから吹田JCTで中国自動車道に乗り換え、落合JCTから米子道を走り、終点までというルートです。 日本に野生のアライグマいたとは。 ![]() 野生化しちゃったんでしょうか。 朝6時半に出発し、午前中には米子に到着。 一応仕事、のようなものを予定に入れていましたが、10分で終了させた店主、あとは一日自由時間イヤッホウ! 砂丘で駱駝と戯れるか? 筒描染め工場を見学するか? はたまた足を伸ばして出雲大社へ八百万の神さん達にご挨拶に行くか? 逡巡の末たどり着いたのは妖怪の町境港市。 ![]() タクシーの提灯からしてイカしてるぜ! うわさの水木しげるロード、平日だからなのか見事に誰もおらず、寂しい観光地の様相。 カッポ闊歩と歩いてみると人より妖怪の方がたくさんいるくらいで。 ![]() 砂かけ婆に ![]() ねずみ男、 ![]() オヤジもぐるぐる回ってます。 ![]() 知る人ぞ知るサラリーマンの山田さん。驚き専門の一般人です。 こうして新しく作られたものと、古くから残っているものの対比が、 ![]() あるときを境に再び動き出した港町であることを如実に示しています。 そして到着水木しげる記念館。 市が料亭丸ごと買い取ったというこの施設は、思ったよりも手の込んだ作りで、境港市の妖怪町興しにかける意気込みをビシビシ感じさせるものでした。 ロビーで休憩中、もうすぐ公開されるという実写版映画鬼太郎の予告編を延々見ていたのですが、この鬼太郎ハウスの景色、どこかで見た気が・・・。 ![]() はっ! この池は京都の穴場キャンプスポットである某池! 友人の銀輪屋が去年目撃したツリーハウスは鬼太郎ハウスだったのか。 小さな感動とともに記念館を出て、港にある寿司屋(回る)で遅めの昼ご飯。安いけど旨いね。 腹が膨れたらやることといえば・・・ 浜辺に向かい、車からどこでも昼寝セットを引っ張り出して、 ![]() 日本海を眺めながらごろ寝。 帰りの高速道路に備え、ちゃんと寝ておかなきゃね。 米子道はぜんぜん車が走っておらず、ご機嫌なスイスイ具合。 「米子道は俺様が貸しきったぜ!」 なんて思ってたらいきなりサイレンの音とともに 「そこの車、左によりなさい」 ぎゃふん。 一体俺が何をした? 「走行車線に他の車がいないにもかかわらず2km追い越し車線を走った違反」 ![]() なんていうマニアックな違反切符を頂戴しました。 はい、スミマセン。 米子道は店主の道路ではありませんです。 そんなわけでこの違反切符を1名様にプレゼント! ではなくて、鬼太郎一筆箋東海道五十三次京都編を1名様に! ![]() 日本のアンダーグラウンド山陰、もう一度腰を据えて行きたいもんです。 2007.04.24 こいのぼりを揚げましょう
いやー早いもので、気が付けば四月も終わり。
桜は疾うに葉桜になり、汗ばむ日もすこしずつ増えてきました。 もう少しすれば端午の節句。 というわけで、わがおはりばこも鯉幟を揚げよう!と企画しましたが、市販の申し訳なさ程度の小さな鯉幟では面白くない。 かといって肩を寄せ合い建っている京都の町家に大きな鯉幟を上げるスペースなどあろうはずもない。 ない知恵を絞り、何かいい方法はないものかと思案したところ、妙案が閃きました。 よし、でっかい鯉幟を揚げてやろうじゃないの! 鯉幟を探しに、いつもお世話になっている正尚堂さんを訪ねました。 「着物屋さんに鯉幟?」 普通ならありませんが、面白いものなら何でもそろう正尚堂さん、きっと見つかるはず。 「佐野さん、鯉幟ありますか?」 「ありますよ。」 ほらね。 という訳で手に入れた全長4mにも達する大きな綿の鯉幟、コヤツとても古いためまずは補修してやることに。 ![]() 布に鳩目を打ち、凧糸を通して吊ってやれるようにします。 ![]() 段取りできたら二階の店主の部屋からでっかい鯉を放流! ![]() 落ちるなよ〜 無事軒下に掲げられたわが鯉幟は、春の風を受けて悠々と泳いでいます。 ![]() 気持ちよさそうやねー お母さん鯉、空を泳いだのは何十年ぶりのことでしょう? ちょっと窮屈ですが、喜んでくれてるかな? 道行く人もお母さん鯉を見上げてくれます。 ご近所さんも喜んでくださっているようです。 苦労して揚げた甲斐があるってもんです。 さてそろそろ暗くなってきたんで部屋に帰ってゆっくりするか。 っておおう! ![]() 奥さん、そんなに見つめられたら・・・ちょっと怖いです。 追記: おっと、緋鯉は確か「こどもたち」だったわな。 2007.04.23 老竹色
小さい頃、この世に色は18色しかないと思ってました。
というより、色というのは18色で構成されるものだと。 なぜかって、色鉛筆が18色だったから。 だから24色セットの色鉛筆は衝撃でしたよ。 綺麗に並んだグラデーション。持ってるだけでウキウキで。 僕はこんなにたくさんの色を持ち歩いてるんやぞってね。 まったく使いこなせませんでしたが。 着物にかかわるまでは、その24色の色の名前さえ知っていれば、日常生活に出てくる色は大体網羅することができ、不自由はなありませんでした。 しかし、そうは行かないのが和の世界。 限りなく均一に鮮やかな発色を再現できる科学染料と違い、天然染料や顔料で染めることによって現れる色は、24のカテゴリーに収まることはありません。 日本の伝統色がたくさんの名前を持っているのは、そのためなのでしょう。 色名に色を当てはめるんじゃなくて、色に色名を付けていった結果、膨大な色数になっていき、その一つ一つがきちんと色として大事にされていたわけです。 先日、中京区は麩屋町通り夷川上ルにある手染メ屋さんで、手染メ体験をしてきました。 数種類の天然染料の中から好きなものを選び、店主の青木さんに手取り足取り教えてもらいながら染めていくという楽しすぎる体験。 店主は足袋を染めました。 ![]() これは柘榴で染めたのですが、さて一体何色だと思いますか? 24色色鉛筆の中には入っていない色。 ○色と○色の間という表現でもまったく間に合わない色。 昔の人は、こんな今までにない色に遭遇したときに、万人が共通して思い浮かべることのできる名前をつけてきました。 「老竹色(おいたけいろ)」。 いい名前ですな。 とても幅広い。 実際に老いた竹の色でなくても、老いた竹っぽい色であれば全部老竹色。 色彩学的にR:118 G:145 B:100と定義され、それからかけ離れた色であっても老いた竹っぽさがにじみ出ていれば十分老竹色。 そもそもこんなにまっ均一な色に ![]() 老いた竹の侘びた風情など感じられるはずがありません。 天然染料故、この足袋は履き続けるとどんどん色あせていくわけですが、色あせてもきっと、見苦しい色にはならないでしょう。 「色あせた老竹色」ではなく、また違う色として、店主の足元を楽しませてくれるはずです。 そのときは何色と呼ぼうかしらん? それが、今から楽しみで楽しみで 2007.04.20 我とは何か
最近、店主が停めている駐車場に毎日のように現れる一羽のカラス。
一体何をしているのかと観察してみると、駐車場のゲートの柱の前をうろうろウロウロ。 ![]() 柱をじっと見つめたり、つついたり、急に後ろを振り返ったりと、不思議な動きをしています。 よくよく見てみると、なるほど柱が気になるのではなく、柱に映る黒い鳥が気になるご様子。 自分が近づけば相手も近づいて来、自分がつつけば相手もつついてくるものの、相手に触れることができない。 柱の中に住むこの鳥は一体何者なのか? 自我という概念を持たないカラス君にとってこの黒い鳥は、永遠に触れることができないなぞの鳥。 最も近くて、そして遠い存在です。 馬鹿なカラスだなぁ。 こいつは永遠に自我というものを知ることなく、鏡に映る存在が一体何者なのか、理解できないままこの世を去っていくんだね。 鏡に向かってお前は誰だ、なぜそんな顔をしているんだって。 そんなとぼけた顔をして、何を考えてる? 俺もお前もお互い興味があるのに、なぜ触れることができない? はは、まったく滑稽だ。 おいカラス、お前にまるでそっくりなやつを知ってるぞ。 自分自身がまったく見えてない奴でな、そのくせ知ったかぶりで開き直っている分お前よりも性質が悪い。 ほら、今そこで間抜け面しながらお前の写真撮ってる奴だよ。 そいつも鏡の中に住んでるんやわ。 カラス君、柱に映るその鳥の正体を考え過ぎると永久ループに嵌っちゃうんで、ほどほどにね。 2007.04.18 kala planetlamp
先日、オーガニックレストラン「natural food Village」にて開催されていたエキシビジョンで一目ぼれして購入したランプがおはりばこの元に届きました。
その日展示されていたのは、惑星をモチーフにして作られたplanetlamp。 作っているのはこれまた惑星のオーラを放つ素敵な方、ミキアコさんです。一つ一つ手作りによるグラスアートをランプや鏡にしている作家さん。 店主の元に嫁入りしたのは、jupiterです。 アンバーとモスグリーンのガラスを鏤めたランプ。 ![]() 店の外からもさり気なく通る人の目を引いてくれます。 ![]() 綺麗なもののパワーってすごいですね。 どんな空間にも見事にマッチします。 予想以上のはまりように、店主も大喜びです。 閉店後の格子越しの姿も、壁に映し出された光がとっても幻想的で。 ![]() ![]() 出格子空間を宇宙に変えてくれます。 今回の展示はもう終了してしまいましたが、また7月に予定なさっているそうです。 ぜひ、ウェブサイトをチェックしてください。 川端二条上がるのアート雑貨屋さん、てんつくでも販売しているようですよ。 京都にきたらぜひ寄ってみてください。 そういえば、紫野の裏ランドマーク、「汚点紫」の入り口の戸にはまっているガラスもミキアコさんの作品だとか。 ![]() 異空間への入り口にふさわしいガラスです。 もう桜のライトアップは終了しましたが、代わって木星が夜のおはりばこを彩ってくれそうです。 2007.04.14 桜散りて美女来る
今年も我々の眼を楽しませてくれた桜ですが、そろそろさようならの時がやってきました。
風が吹くたびに美しく花びらを吹雪かせ、アスファルトをピンク色に染めて行きます。 ![]() ああ、桜が散っていく。 別れを告げるかのように店内に舞い込んでくる花びら。 ![]() 媚びやがってこいつ、おめぇなんかに未練はねぇよ。 素直になれない店主を哂いながら、ああ、桜が散っていく。 そんな傷心のおはりばこを癒すが如く、東の方から現れた江戸っ子一人。 東西着物女子のカリスマ、chokoちゃんのお友達であるしのぶさんが、忙しい旅の日程を縫っておはりばこまで遊びに来てくれました。 ![]() しかし如何せんお急ぎの旅のこと、滞在時間はほんの少し。 桜の如く現れて桜の如く去っていってしまいました。 もう桜もお仕舞いです。 春のかかりは去りにけり。 また次にお目にかかるその日まで、どうかお達者で。 2007.04.13 門前町第壱組々長北井秀昌夜露死苦
おはりばこ店主北井秀昌、今年の4月を持ちまして恐れ多くも組長の大役を仰せつかることと相成りました。
町家暮らしなるは、レトロ且つ趣ある家に住みて懐古趣味を楽しむは本質に非ず、町内の一員となり、町を形成するパーツの一つとしてお役目をこなして町内に溶け込んでいく過程を楽しむこと也ナリ。 この町内に移り住んで1年半、ようやく顔を覚えていただけた頃ですが、まだまだご町内のすべての方からお見知り置き頂いてはいない馬の骨のこと、これを良い機会としてご町内の皆様より信頼を得たいもの。 先日、やすらい祭の2日前に、町内会長様にご挨拶に伺いました。 「若い人が入ってきたのは心強いことや。期待してるで。 この1組はお年寄りばっかりで、私が若手って言われてるんや。」 そうおっしゃる会長さんは60手前のオジサマ。 紫野門前町は西陣の北の端、織屋の町として歴史のある一帯ですが、ほかの西陣の町同様若い人はほとんどいなくなってしまい、今もお住まいなのはご隠居ばかりになってしまいました。 若い人間だからできること、若い人間にしかできないことなど、できる限り参加してご町内のお役に立ちたいものです。 組長としての仕事は、町内会費の集金、市民新聞の配達、回覧板の管理など。 ![]() 今日は一組を回り、ご挨拶がてら集金に伺いました。 ![]() 初めてお話させていただく方も多かったのですが、門前町の皆様はとても優しく、どなたも労いと励ましのお言葉をくださいました。 中でもうれしかったのは、桜をライトアップしていることに対するお礼のお言葉です。 他所の土地の桜を勝手にライトアップしているわけですし、平穏に暮らしたい方からすれば迷惑な話かもしれないはずなのに、皆様口々に「ありがとう」と言ってくださるのです。 会長様からは、やすらい祭が終わったあと今宮さんのお下がりのお酒をたくさん頂戴しました。 「今日はお友達と飲むんやろ。もって行き。」 ![]() 京都の人はよそ者に冷たい? いえいえ、少なくとも紫野の人々は、とても優しくて懐の深い方ばかりです。 もっともっと皆さんと仲良くなり、分断された縦横のつながりを復活させていけたなら。 一朝一夕に成るものではありませんが、でしゃばらず、控えめに、しっかりとお付き合いさせていただければ、いつか門前町の住人だと胸を晴れる日が来ると思います。 というわけで、まだまだ何も分からない若輩者ではございますが、門前町の皆様、どうか一つよろしくお願いいたします。 2007.04.10 桜は自らが美しいことを知っている
なぜ花は美しいのか?
![]() 誰もいない部屋で夜桜を眺めながら野暮なことを考えてみる。 かつて学校で習った記憶を紐解いてみると、花っていうのは花粉の媒介を昆虫や鳥などの動物に頼っている植物が具えるもので、彼らの目を引くために派手で色鮮やかな花を咲かせる、ということだったはず。 ってことは、動物たちは花が美しいことを理解しており、その美しさに惹かれてやってくるわけで、花を咲かせる植物も自分が咲かせる花が美しいことは当然わかっているはずです。 つまり花を咲かせる植物は、自分を美しく見せるために花を咲かせるのであって、其処には周りの目を意識する意思が働いていなければいけません。 目を持たず、光によって事象を認識できない存在が、視覚的な美しさを知っている。 なんとも不思議な話です。 そして我々人間も、花を見て美しいと感じることができる。 視覚を持たない植物、理性を持たない動物達、「考えること」を考えることのできる人間達、と三者三様まったく違う生物すべてに共通して持たされている「美しい」という感覚は、一体どこから出てくるのか。 共通点は、みんな地球から生まれてきたということ。 地球上のすべての生物は、今から40億年前、地球上に誕生した最初の生命から枝分かれしてきた親戚です。 美しいと感じる感覚は、地球上すべての生物に遺伝された地球からの贈り物。 これは喩えでもスピリチュアルな話でもなく、裏づけされた客観的事実です。 なぜ花は美しいのか? それは、花も人も地球の一部だからです。 2007.04.09 はなみばことやすらい祭
この前咲き始めたかと思ったおはりばこ前の桜は、気がつけば満開に咲き誇り、普段はうつむいて表情を消して歩く人々の顔を上げさせ、笑顔に変えて行きます。
そんな桜の向かい側、おはりばこも、お客様と桜を楽しむための企画、「はなみばこ」を開催いたしました。 ![]() 初日はあいにくの曇り空でしたが、二日目は吸い込まれるような晴天になり、空も、桜も、お客様も、とびっきりの笑顔。 皆様にご用意したお菓子もものすごい勢いでなくなり、花見を満喫しているご様子。 満開の桜に一陣の風が駆け抜けると儚くも舞い落ちる花びら。 ![]() 言い伝えによると、舞い落ちる花びらと一緒に厄神も飛散してしまうのだとか。 その厄神を鎮めるため、我らが氏神様今宮神社より、お払いのご一行がやってきます。 それが京都の三大奇祭の一つ、今宮神社の「やすらい祭」です。 お昼過ぎ、北の辻からやってきたご一行。 ![]() おはりばこでは、事前にお払いの舞をしていただくようお願いしておりました。 ![]() 小太鼓をトテテンと鳴らし、 ![]() 鬼たちが舞います。 これでおはりばこは一年間平穏無事、無病息災であることが氏神様により保障されました。 ありがたや、ありがたや。 ![]() 花傘もやってきました。 この下に入ると、一年間無病息災だとか。 みんな競って入れー! ![]() とはいっても、喜んで入っていたのはおはりばこのスタッフばかり。 一番はしゃいでいたのはもちろん店主。 来年はきちんとお客様を促します。反省。 背の高い花傘は、おはりばこ前の桜を散らしていったわけですが、大丈夫なの? ![]() ご安心召しませ、この花びらには厄神はおりませんので。 今年の8日は、やすらい祭、花祭り(お釈迦様の誕生日)、はなみばこ、と三重ハレの日となりました。 来てくださったお客様方も、最高のお天気に恵まれ、とても楽しんで行ってくださったご様子。 ここからはそんなはなみばこの様子をご覧ください・・・。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() また来年、桜が満開の頃に開催予定です。 たくさんのご来店、ありがとうございました! ![]() 2007.04.06 ライトアップ始めました
大きな庭石が雑然と置かれ、夏にはカブトムシも現れる静かで平和な紫野のオアシス、おはりばこ前の庭石置き場を突如襲ったこの冬の整地工事。
次々と木が切られていく中なんとか生き残った大きな桜の木は、昨年まで土地の管理者であった庭石屋さんにより、夜はライトアップがされていました。 今年から管理者さんが変わってしまい、まして敷地は工事中のため、「もうライトアップは見られないですね」、といった残念がる声が町内の其処彼処から聞こえていました。 咲き誇っている桜も、おそらく残念がっていることでしょう。 という勝手な店主の勝手な解釈により、勝手にライトアップする決心をしました。 そんな計画を練っていたら、投光機を貸してくださる粋な御仁も現れ、店主がコーナンで買ってきた投光機とあわせ、合計1kwの光を1階庇の上から照射! 光れ桜、去年までの妖艶な姿を門前町の皆様に見せつけろ! ![]() 見事桜は、暗闇の中に真っ白な花を浮かび上がらせました。 ご近所さんもわらわら出てきて、口々にお礼を言ってくださったりなんかして。 人の敷地の桜を勝手に照らしてるわけですから、怒られたりたしなめられたりしてもおかしくないところですが、そんなことを言う人は一人もいません。 さすが門前町の皆様、風情を解する方々です。 二階の自宅は特等席。 切り取られた窓から見える夜桜は、一年に一度の贅沢です。 ![]() はなみばこの準備をしてくれていたスタッフたちと一緒にお茶をすすります。 ![]() 場所取りだなんだって大変な巷の花見を他所に、特等席から静かに夜桜を独占できるこのありがたさ。 まったく掘り出し物件だったわい。 明日・明後日は待ちに待ったはなみばこ。 日が沈んでからの裏はなみばこは、すばらしい宴になりそうです。 2007.04.02 江戸の粋と京の粋
商品のディスプレイに使うものを探すとき、店主はいつも古道具屋さんを回ります。
京都はいたるところに骨董・古道具屋さんがあり、おはりばこから北大路通りを東に向かうだけでも、4軒くらいお店がありますので、ちょちょく覗いているのです。 中でも巡回率の高いお店が、北大路下鴨本通り東入るにある、古道具屋「あうる」さん。 店内には古道具が所狭しと並べられ、いや、雑然と置かれ、まるで倉庫のよう。中には、いかにも頑固そうな親父さんがくわえ煙草で道具の手入れをしています。 そんなちょっぴり緊張してしまいそうなお店ですが、ここのご主人はいろんなことを教えてくださいます。 先日、髪飾りをディスプレイするための何かを探しに入ったときのこと。 なにか重厚な板みたいなのありますか?と伺うと、床の間の障子を出してきてくれました。 んー、障子かーと思っていると、こんなことをおっしゃいました。 「重厚で木目が荒々しく漆拭きしたような板は、江戸の好みなんや。 京都は軽くてはんなりしたのが粋なんやからこういうのを使ったほうが面白い」 ご主人は、京水屋箪笥を指してこう続けました。 「京水屋は檜の白木を使って、枠には黒柿を使ってるやろ。ごつごつした欅とかはつかわんのや。そういうのは田舎の趣味や」 確かに、京都以外のの民芸品などは、木目や節・瘤などを活かした無骨なデザインの建具・家具が多いですよね。 対して、京都は白木のイメージ。 でも、店主はこれまでどちらかというと前者のものをよくディスプレイに使っていました。 でも、それじゃ髪飾りが負けてしまうと、ご主人は言うのです。 「せっかく京都の花簪を扱ってるんやから、京好みのものも取り入れていかないかん」 店主はこれまで、江戸の粋コンプレックスといいますか、京都の雅の粋というものより、江戸の男気あふれる荒々しい粋に憧れていたところがありました。 京都の粋は、とても洗練された独特の魅力を持っているのですが、どこか貴人・茶人・文化人だけが楽しむことを許された、雲の上の存在だったのです。 店主はパンピー・ばりばりの町人ですから、町人が洗練して行った江戸の粋というものの方がカウンターカルチャー的な感じで親しみやすかったのです。 もしおはりばこが中京や東山に店を構えていたら、周りの雰囲気からして京好みのディスプレイを余儀なくされていたかもしれませんが、ここは自由のエリア紫野。 ここは一つ、京の粋と江戸の粋を同居させてみようかと相成ったわけです。 障子を手に入れた店主は、その足で京の紙司柿本さんへ行きました。 店主の旧知、「紙屋のトモちゃん」と一緒に選んだ麻の落水紋紙を購入し、障子に張ることに。 そうしてできたのがこちら。 ![]() 写真では分かりにくいですが、鴇色の和紙と生成りの和紙を、市松にして張っています。 これまで使っていたのがこちら。 ![]() 赤と黒の色気のある江戸好みの友禅和紙です。 全体を眺めるとこんな感じ。 ![]() 統一感には欠けますが、日々実験実験。 なんとか収まるには収まりました。 これからちょくちょく、京の粋というのを自分の身丈に合わせて取り入れて行きたいなあ、なんて思わないこともなく。 いやあ、「粋」の道は一日にして成らずやね。 |
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