迷い猫来りて去る


ある日のこと。

開店前の軒先で伸びをしていたとき、ふと道の下手に目を遣ると、見慣れない光景が目に入ってきました。
猫が歩いている。
いや、それだけならなんと言うことの無い日常の光景なのですが、何かがおかしい。
普通の猫とは何かが違いました。

通常、猫という動物は、道を移動するときは回りをじーっと見渡して、ササっと走るように動くはず。なのにその子は、まるで犬が散歩するときのようにあたりに目を配ることなく、少し俯きながら、往来を気にすることなくてくてくとひたすらこちらに向かって歩いているのです。

1車線道路とはいえ車の往来が激しいこの通、この子の動きはひどく危なっかしいものに見えました。
足先の白い黒猫です。やせぽっちの細い躯で、見たところまだ子猫。首輪もつけず、洟を垂らし、力の無い足取りで、ただ四本の足を前に運ぶばかり。どうやら野良の子猫のようです。

思わず通せんぼして、軒先の床机の下に囲い込みましたが、ひどく警戒しています。しばらくにらめっこしているところに、猫博士の新アサミさんが出勤してきました。


「2~3ヶ月ね。ママはどうしたの。」

やさしく声を掛けますが、子猫はおびえて出てきません。
店主が気を引いている間に、アサミさんが後ろから首っ玉をつかんで抱っこしましたが、激しく抵抗します。
ひっかき、噛み付き、アサミさんの手はいつのまにか血まみれに。
それでも大声もあげず、離しもせず、やさしく宥めるアサミさん。

ようやくおちついた子猫を庭に連れて行き、とりあえず水を与えました。
出掛けのついでに、猫缶を買ってきて、四分一を皿に盛り、そっと置いておきました。

しばらく放っておくと、ご飯を少し食べ、水を少し飲んで、そのまま日陰で眠り込んでしまいました。

さてどうしたものか。
店では飼うことは出来ません。
猫好きのスタッフたちも、事情により飼えないのは同じこと。
無責任に情をかけたのは、正しいのか間違いなのか。

逡巡していると、ふと隣のおばあさんの昔話を思い出しました。
すべらない話を多数持っている、大正生まれの隣のおばあさん。



「ある日、息子が捨て猫を拾うてきたんです」

ほうほう。

「名前なんにしようかー思て考えたんですわ」

なるほど。

「でもわたし猫好かんさかい、なんでもええしつけたれ思て、」

なんてつけはったんですか?

「捨て猫やし、ステ子でええわ、いうて。」

あんまりですやん

「ステ子、ステ子、いうて呼んでたんです」

・・・。

「でも息子がその名前はあんまりやいうて」

そりゃそうです

「拾てきたんやし、ヒロ子にしぃて」

いやいや。



その理屈からいくと、この子は迷子やし・・・「マイ子」か?
なんてことを考えていると、ミャー、という声と共に走り庭をてくてく歩いていく黒い影。

マイ子が店から出て行ってしまいました。

後を追ってはいけない。
追った所で、自分は何もしてあげられない。

マイ子の境遇は知る由もありませんが、願わくは、お母さんのお使いの帰りにうちに寄り道しただけ、マイ子の歩く先には母猫が帰りを心配して待っていますように。

少し時間が経ってから、道にでてあたりを見回しましたが、もうマイ子の姿はありませんでした。

またいつか、いつでもいいよ。
店に顔を見せに遊びにおいで。
裏でゆっくり昼寝をしにおいで。

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