京都らしさとは

京都らしいお店ですね、とよく言われます。

このことばは単純にとてもうれしく思います。
なぜなら、「京都らしくしよう!」と意識してやっているわけじゃないから。といったら天邪鬼でしょうか。

らしさというのは、表面的なものじゃなくて、対象の本質が具現化した結果だと思います。
たとえば江戸らしい判じ文様である「鎌輪奴(かまわぬ)」は、「そんなのかまやしねぇ」という豪気な江戸っ子の気質を粋に表現したから江戸らしいのであって、江戸っ子気質を有しない店主が持ってもこれは粋ではありません。らしくないですからね。

琉球絣なんかも、「琉球らしいものを作るぞ!」と意識して作られたものではなく、彼の地に暮らす人々の気質や文化が織に現れたもの。自分たちらしいものを作った結果、外から見ると琉球らしかったわけです。

おはりばこも、「京都らしさ」よりも「おはりばこらしさ」を何よりも大事にしています。
京都生まれ京都育ちのおはりばこ職人が作りたいと思うものを作り、同じく京都で生まれ育った店主が世に出していく。
これまでの人生で吸収してきたものを通して、ものづくりとしてまた店作りとして形にしていく。
それを外からみて京都らしいと言っていただけるのは、端っこながら京都人冥利に尽きるというものです。

京都には小さいけれど新しいことをやっているお店がたくさんあります。
とっても京都らしいなあと店主は感じます。
飲食だの物販だのは関係ありません。
伝統的な京都という枠組みからはみ出していても関係ありません。
お客様や京都ブランドに媚を売ることなく、自分が培ってきたものをこの地で形にしていくことが、京都らしいことだと思っています。
老舗といわれるお店様達も、最初はきっとそんな孤高のパイオニアだったはずですから。
伝統と革新、それこそが京都を京都たらしめてきた大きな要因でしょう。

自分の店がメディア媒体に載っているのを見ると、自分が通過しいていない京都らしさのイメージが不意に入ってきてしまうこともありますが、それに惑わされずにマイペースに物作り・店作りを続けられたらなぁと日々思う次第でございます。

コメント

not subject

おはりばこ秀ぽん様
    ↑
(市奈は秀ぽんにぃさんと呼びますので)

公コメント

むずかしぃこといわんとっておくれやす。
だいたい持ってあつおす。

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裏コメント

京都のふつうは老舗も若造もみんな共通。かっこつけてたらかっこわるおす。素直にやさしく、いままで身に漬けれなかった人間の素養をおのれでやしなおうとして(格好だけで十分)やっとやっと。だから出来る限り、出来る限り、このくそ暑い町家の二階に負けんようにいきておったら、えんとちゃいまっか?

それと、都はあずかりもの。都は自分とはちがう。そのことをわかってないとだめだと思います。根っこ京都人は京都人ではない。都のいいわけにいさせてもらっているから、おごらず生業にはげめるのだともおもいます。

まぁ、適当にやりましょぉ!!!


たびたびいらんコメントですいません。

not subject

○○らしさ、の最小単位はきっと「自分らしさ」なのかしら。
良い「らしさ」を増やしていけたら世界も少しは変わるかな?

外側からみた「らしさ」、内側での「らしさ」。
その差が縮まるほど自然でいられるのかもと思うけれど
その反面激しいギャップもまた面白い、とも思ったりします。

not subject

うさぎ屋店番さま

小難しいことこねくり回してしまいましたね。
たまにこのようなことが頭を擡げてくるのです。

おっしゃるとおり、自然体で素直が一番。
ただ、仕事にまっすぐになることですよね。
でも、たまに無理している「京都」を見かけるとなんだか・・・という気持ちになってしまうのです。

秀ぽんより


しらたま様

自分の器の中身を覗き込んだとき、らしさが見えるのだと思います。外身のらしさに無理をしたとたんに器からぺろんとはみ出した不自然さがあからさまに露呈してしまいます。

自身の器の嵩を量る慧眼と、器を広げる日々の研鑽とを常に忘れずに、と自身に言い聞かせ。
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プロフィール

おはりばこ店主

  • Author:おはりばこ店主
  • おはりばこ店主です。
    花嫁さんや成人式・卒業式、七五三などのハレの髪飾りやかんざしを、京都からお届けします。

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